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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(ネ)89号 判決

控訴人

室谷達治

右訴訟代理人

奈賀隆雄

被控訴人

富田和男

右訴訟代理人

石川実

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は被控訴人に対し金六二万円および内金五〇万円に対する昭和四八年一一月二一日以降、内金一二万円に対する本判決確定の日の翌日以降各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

5  本判決中、被控訴人勝訴部分は被控訴人が金二〇万円の担保を供したときは仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因一、二の事実は当事者間に争いがなく、本件手術に至る経過と手術内容、その後の状況の事実認定は次のとおり付加、訂正、削除するほか原判決第四丁裏四行目から同第六丁裏五行目まで(原判決理由欄二の項全部)のとおりであるからこれを引用する。

1〜3〈付加、訂正、削除・省略〉

二右認定の事実によれば、被控訴人は控訴人から本件手術を受けた後二年以上を経た昭和四八年四月に至つても陰茎根部に疼痛があり、勃起時には牽引感が強く、性交に際して挿入が十分にできないとの症状があり、金沢大学医学部付属病院形成外科における減張切開術により右症状はほとんど解消したものであり、かつ、控訴人は医師資格を有しない従業員から被控訴人の陰茎の状況について報告を聞き、直ちに手術の施行を決定したが、手術直前の視診の際、鎮静剤等の注射後の弛緩時の状況を観察したのみで、これを勃起せしめた状態における陰茎の形状、包皮の様子を確認しあるいは詳しく問診したことなどを認めるに足りる証拠のないこと、そして包皮の一部を環状に切除する本件手術を施行したというのであり、これらのことと、前記認定の金沢大学医学部形成外科医師の所見、当審における証人山本巌の証言によれば、他に特段の事情の認められない本件の場合、控訴人による本件手術後二年を経てなお被控訴人の陰茎に残存した前記の症状は、控訴人の本件手術の際判断を誤つて包皮を若干過度に切除したことに起因したものと推認するのが相当である。

本件のような不完全包茎の包皮環状切除手術をなす診療契約は過剰な包皮を過不足なく切除することを内容とするものであるが、そもそも不完全包茎の場合生理的には何ら支障がなく、手術は主として外観的、心理的見地から必要性が認められるもので、緊急を要するものではない。従つて、手術の依頼を受けた医師としては、手術施行前に直接勃起時の包皮の状態を視診し、あるいはそれが困難だとすれば詳細に問診する等して手術の必要性、手術を施行する場合の包皮切除の程度を判断し、万が一にも包皮を過度に切除し患者に生理的機能的障害を残すことのないように手術を施行すべき義務を負うところ、本件の場合控訴人は無資格者による不充分な報告を受けたのみで手術の施行を決定し、鎮静剤等の注射後の弛緩後の陰茎を視診したのみで充分な問診も行なうことなく本件手術を施行し包皮の切除の程度の判断を誤つた過失により、包皮を過度に切除し、被控訴人に前記の症状を残したものであつて、控訴人の本件診療契約の履行は不完全なものであり、控訴人はこの点において債務不履行の責任を免れない。

被控訴人は本件手術の結果、陰茎の勃起時に激痛が走るようになつたと主張し、〈証拠〉によれば、本件手術後三か月位の間勃起時に陰茎先端部に痛みがあつたことが認められるが、それが手術に当然伴なう手術創による痛みではなく、控訴人の手術施行上の過失によるものであることを認めるに足りる証拠はない。

また、被控訴人のような不完全包茎の場合、機能上、生理上からは何ら支障がなく、必ずしも手術による包皮切除を必要としないことは原審において控訴本人も供述し、現に被控訴人は控訴人方を訪れる前に診察を受けた長治医師からはその必要がない旨説明されていたことは前記認定のとおりである。

しかし、包茎の手術自体は一般に危険度の高いものでも良俗に反するものでもなく、他方、包茎をもつて欠陥と見る風潮がいまだ世間の一部に残存する現代において、患者の心理的観点から手術の必要性を肯定すべき場合もあり、右のように別の医師から手術の不要を告げられながら、なおも手術を熱望して控訴人方を訪れた被控訴人に対し、本件手術を施行したことをもつて違法と評価することはできない。

三そこで、控訴人の債務不履行によつて被控訴人の蒙つた損害について検討する。

1  前記認定のような控訴人の債務不履行により被控訴人に残つた症状、金沢大学付属病院における再手術に至るまでの経過と、原審における被控訴人尋問の結果によれば、右金沢大学付属病院における再手術には約一〇万円の費用を要したことがうかがわれるが、被控訴人は本件債務不履行による損害としては後記弁護士費用以外には慰謝料を請求しているのみであること等の事情を考慮すると、本件債務不履行により被控訴人の受けた精神的、肉体的苦痛を償うに足りる慰謝料は金五〇万円が相当である。

被控訴人は本件手術の過誤により当時進行中であつた縁談が破談となり、現在も結婚できないと主張し、原審における被控訴本人尋問の結果中にはこれにそう部分もあるが、右部分をたやすく信用することはできない。

2  〈証拠〉によれば、被控訴人は控訴人が損害賠償の支払いに応じないため法律扶助協会富山県支部から法律扶助を受け、本件訴訟の提起にあたつて、同支部から被控訴代理人に対し、訴訟費用実費の概算として一万五〇〇〇円、手数料二万五〇〇〇円の合計四万円の立替支払いを受けるとともに、事件完結後速かに右立替金を同支部に返還し、かつ、成功の程度に応じ法律扶助審査委員会又は部会の認定した報酬額を同支部を通じて被控訴代理人に支払うことを約定したことが認められる。

ところで、一般に債務不履行による損害賠償を請求するのに要した弁護士費用を、当該債務不履行と因果関係のある損害として請求できるか否かは一つの問題である。

しかしながら、少なくとも本件の如く本来の債務が金銭債務ではなく、かつ、その債務不履行が不法行為をも構成するような場合においては事案の難易、請求額、認容されるべき額その他の事情を考慮して相当と認められる額の範囲内の弁護士費用は当該債務不履行により通常生ずべき損害に含まれるものと解するのが相当であり、前記認定事実と本件訴訟における請求金額、認容金額、事案の難易、訴訟の経過等をしんしやくすると、本件債務不履行と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は金一二万円と認めるのが相当である。

3  以上のとおりであるから、被控訴人の本件請求は金六二万円および内弁護士費用相当分を除く金五〇万円に対する本件訴状の送達による催告により遅滞に陥つた日の翌日である昭和四八年一一月二一日から、弁護士費用相当分金一二万円に対する、被控訴人が法律扶助協会富山県支部へ立替手数料を返還し、かつ、同支部を通じて被控訴代理人に対し成功報酬を支払うべき時期である本判決確定の日から、各支払済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、これを越える部分は理由がない。

四よつて、原判決は右と結論を同じくする限度で正当であるが、その余の部分は失当であつて、本件控訴はその限りで理由があるから原判決を前記結論に従つて変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(西岡悌次 富川秀秋 西田美昭)

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